中小企業融資審査の実態と対策:金融機関審査部の視点から解説する融資否決要因(金融機関融資審査実務マニュアル(第1回)
この記事に関する目次
序論:金融機関融資審査プロセスの全体像
融資審査では、金融機関内部において以下のような複層的な検証プロセスが存在しています。
1. 営業店レベル(一次審査)
– 融資担当者による事前スクリーニング(取引履歴・信用情報確認)
– 営業担当者による稟議書作成(案件概要・財務分析・担保評価等)
– 支店長・法人営業課長による一次審査(支店審査会議)
– エリア統括(地区本部)によるレビュー
2. 審査部レベル(二次審査)
– 個別審査担当者による定量・定性分析(財務分析・事業性評価)
– セクター分析担当者による業界動向分析
– 審査役(調査役)による総合判断
– 与信委員会または役員決裁(大口案件の場合)
3. 保証審査レベル(外部保証利用時)
– 信用保証協会による独自審査
– 保証付き融資における金融機関プロパー部分の検証
このプロセスを経る中で、最終判断に至るまでには40~60項目に及ぶチェックポイントが設けられており、基本的には一つでも重大な問題があれば融資承認は困難となる構造になっています。
以下、融資否決の主要因とその対策について具体的に詳述します。
1. 赤字決算と返済能力の問題 — 審査部視点での評価ロジック
1-1. 金融機関が採用する返済能力評価指標と基準値
金融機関審査部では、赤字決算企業に対し以下の財務指標に基づく定量評価を実施している:
(1) 債務償還年数(Debt Repayment Period)
*算出式:有利子負債÷(税引後利益+減価償却費)
【一般的基準値】
– 優良先:5年以内
– 要注意先移行リスク:10年超
– 融資否決リスク:15年超または分母がマイナス
(2) DSCR(Debt Service Coverage Ratio:債務返済カバー率)
*算出式: (税引後利益+減価償却費)÷年間元利金返済額
【一般的基準値】
– 優良先:1.5倍以上
– 要管理先:1.0~1.2倍
– 融資否決リスク:1.0倍未満
(3) インタレスト・カバレッジ・レシオ
*算出式:(営業利益+受取利息)÷支払利息
【一般的基準値】
– 優良先:3.0倍以上
– 審査注意先:1.0~2.0倍
– 融資否決リスク:1.0倍未満
(4) 修正ROA(Return on Assets)
*算出式:(営業利益+受取利息・配当金)÷総資産
【一般的基準値】
– 優良先:3%以上
– 審査注意先:1~2%
– 融資否決リスク:0%未満
(5) 【金融機関実務ポイント】
主要行・地銀では、上記指標をスコアリングモデルに組み込み、自動格付システムによる一次判定を行っています。
特に赤字決算の場合、債務償還年数は「計算不能」となり、システム上の赤信号として認識されます。
同指標が計算不能の場合、審査担当者は代替指標として「現預金÷月商」(手元流動性)を重視する傾向にあり、この値が3ヶ月以上あることが望ましいとされています。
1-2. 不況期における赤字決算評価の内部基準変更
金融庁の「金融検査マニュアル廃止」(2019年)後も、多くの金融機関では以下の内部基準が適用されています。
(1) 債務者区分の判定基準(内部格付への影響)
– *正常先:赤字でも直近の業績が回復傾向であれば維持可能
– *要注意先:2期連続赤字で債務償還年数15年超
– *要管理先:3期連続赤字で元金返済条件緩和実施先
– *破綻懸念先:3期連続赤字で債務超過または実質債務超過状態
(2) 期間損益とCF不足の深刻度判定(融資判断への影響)
– *軽度:経常損益は赤字だが減価償却後CF黒字(EBITDA正)
– *中度:経常損益・減価償却後CF共に赤字だが営業CF正
– *重度:営業CF・投資CF・財務CF全てマイナス(資金ショート懸念)
(3) 具体的審査事例
審査部では、赤字決算書類に対して以下のような詳細分析を実施しています。
*(例)税引後赤字10百万円、減価償却費15百万円、年間約定返済額8百万円の場合
– EBITDA:5百万円(プラス)
※EBITDA(イービットディーエー)とは、税引前利益に支払利息や減価償却費を加えた利益の指標です。企業の純粋な収益力を評価する際に用いられます。
– DSCR:(△10+15)÷8≒0.63
※DSCR(デットサービスカバレッジレシオ)とは、借入金の返済余裕度を示す指標で債務返済能力を表します。
– 結論:返済原資は確保されているが、余裕度が低いため「条件変更」か「一部追加融資+借換」を検討
(4) 金融機関実務ポイント
審査部では月次試算表の「3ヶ月連続改善」または「直近月黒字」があれば、年間赤字でも融資可能性が大幅に高まります。
このため、月次試算表の適切な作成と提出が極めて重要となります。
1-3. コロナ禍・インフレ期における赤字決算への対応変化と実務的対策
(1) 金融機関の現状対応方針
多くの金融機関では、コロナ禍影響下での赤字については、「一時的要因」と「構造的要因」を分けて審査する傾向が強まっている。特に以下の分析を実施しています。
– *コロナ前(2019年度)の業績水準への回復見通し
– *業種別回復率の統計データとの比較
– *売上高変動率と経常利益変動率の相関分析
– *月次業績の回復トレンド分析
(2) 具体的な対応策と提出資料
(A) 定量資料の強化
– *「コロナ前後比較表」の作成:2019年度と現在の主要指標比較表
– *「月次推移グラフ」の提示:最低12ヶ月の売上・粗利・営業利益推移
– *「変動費・固定費分析表」の提出:損益分岐点の低下施策を示す資料
– *「資金繰り実績・計画表」の提示:直近6ヶ月実績と今後12ヶ月計画
(B) 赤字構造改善計画の具体化
– *不採算事業・取引先の整理計画:顧客別・製品別採算分析資料
– *固定費削減計画:項目別削減額と実施時期の明示
– *価格改定・単価アップ戦略:値上げ交渉状況・成功事例の提示
– *在庫・債権管理の強化策:回転期間短縮による資金効率化
(C) 経営者面談での説明ポイント
– 単なる「売上減少」説明ではなく「対策実施状況」を具体的に説明
– 「コスト削減」の抽象的説明ではなく「削減実績金額」を明示
– 「今後良くなる」ではなく「なぜ良くなるか」の論理的説明
– 経営者自身の危機意識と具体的行動変化を示す
(3) 具体的数値例による説明戦略
年商1億円、経常利益△500万円、借入金残高3,000万円の企業の場合
(A)融資申込前の対策
1. 粗利率2%改善(年間効果200万円)の価格改定実績
2. 固定費削減(人件費100万円、家賃50万円等)の明示
3. 不採算取引先2社(年間損失80万円)との取引停止
4. 在庫回転率0.5ヶ月改善(資金効率化効果400万円)
(B)上記対策による財務効果の定量表示
– 「赤字500万円→対策効果430万円→実質70万円の赤字」
– 「今期第3四半期から単月黒字化(直近3ヶ月の月次P/L提示)」
– 「来期は年間黒字300万円の計画(根拠:受注残高◯◯百万円)」
このように具体的な数値と証拠資料に基づく説明が審査部の理解を促進します。
2. 返済遅延による信用毀損 — 金融機関内部の管理体制と対応策
2-1. 金融機関における延滞管理システムの実態
金融機関では、返済遅延に対して以下のような厳格な管理体制が敷かれています。
(1) 延滞情報の組織的共有と記録システム
– *早期延滞管理システム:1日延滞でも基幹システムから自動抽出
– *延滞日数別管理表:日数に応じた管理レベルの自動格上げ
– 1~15日:営業店管理
– 15~30日:エリア本部報告
– 30日以上:審査部管理・役員報告事項
– *延滞履歴データベース:過去3年間の遅延履歴の蓄積・分析
– *CIC・全銀協等信用情報への登録:金融機関間での情報共有
(2) 金融機関の内部評価指標への影響
– *支店業績評価への影響:延滞率は支店評価の重要KPI
– *担当者人事評価への反映:延滞発生は減点対象
– *債務者区分・内部格付への影響:年3回以上の延滞で格下げ要因
(3) 【金融機関実務ポイント】
延滞発生時には、営業店長から即日審査部への「延滞発生報告」が義務付けられており、特に3,000万円超の大口与信先や、3ヶ月以上の長期延滞先については、週次で役員報告が必要とされています。そのため、営業担当者は延滞先に対して迅速な改善を求める圧力が非常に強いです。
2-2. 金融機関決算期における延滞管理の厳格化とその背景
金融機関の中間期末(9月末)、期末(3月末)前後は、延滞管理が特に厳格化されます。
(1) 決算期における金融機関の内部管理上の要請
– *リスク管理債権の開示義務:3ヶ月以上延滞債権は自己査定において区分引下げ
– *不良債権比率への影響:開示不良債権は金融機関の健全性指標に直結
– *引当金計上の増加:延滞の長期化で貸倒引当金の積増しが必要
– *金融庁検査対応:延滞管理は金融検査における重点確認事項
(2) 決算期前の具体的管理強化策
– *特別債権管理委員会の開催:通常月は月1回→決算期前は週1回
– *延滞先への一斉交渉:決算期1ヶ月前からの集中的回収活動
– *条件変更の集中処理:返済困難先の正常化処理
– *担保処分の促進:回収見込みのない債権の最終処理
(3) 【業界特有知識】
多くの地方銀行・第二地方銀行では、2月・8月に「決算対策会議」が開催され延滞債権の正常化目標が各営業店に割り当てられます。
この時期の新規融資審査においては、既存取引先の延滞状況が特に重視され、同一グループ企業の延滞があれば関連企業への新規融資も厳しく制限される傾向にあります。
2-3. 返済遅延を防止するための実務的対策と遅延発生時の危機管理
(1) 返済遅延防止のための資金管理高度化策
– *返済資金別口座管理:返済専用口座の設定と必要資金の事前積立
– *マルチバンク返済日調整:複数行の返済日を分散させる交渉
– *返済日警報システム:経理システムへの返済期日アラート機能導入
– *月次資金繰り表の精緻化:日次レベルでの資金過不足予測と対応策策定
【具体的方法】
– *返済期日5営業日前:資金確認
– *返済期日3営業日前:不足の場合の対応策決定(売掛金早期回収・緊急借入等)
– *返済期日1営業日前:最終資金確認と不測事態対応準備
(2) 返済遅延発生時の対応プロトコル
– *即日連絡の原則:延滞発生前または当日朝までに担当者へ連絡
– *具体的入金日の明示:「近日中」ではなく「◯月◯日15時までに」と明確化
– *証跡資料の提出:入金遅延の原因となる取引先からの支払遅延証明等
– *経営トップからの連絡:支店長・審査役レベルへの経営者自らの説明
【具体的対応例】
銀行返済日に資金ショートが判明した場合の対応手順
Step 1: 担当者への即時連絡(支店コールセンターではなく直通電話)
Step 2: 状況説明資料の即日FAXまたはメール送付
・現在の預金残高状況
・入金予定先・金額・日時の明細
・対応策と確約(経営者署名入り)
Step 3: 部分入金の実施(全額返済不能でも可能な限りの部分返済)
Step 4: 翌営業日に経営者自ら支店訪問して謝罪と説明
(3) 返済条件見直しの事前交渉術
返済遅延のリスクを事前に察知した場合の対応策
– *リスケジュール交渉のタイミング:返済困難が予測される3ヶ月前までに相談
– *条件変更提案の準備
– 現状分析資料(資金繰り予測表、収支計画)
– 経営改善計画書(SWOT分析、アクションプラン)
– 金融支援依頼内容(据置期間・返済期間延長等の具体的提案)
– *プロアクティブな情報開示:業績悪化の兆候を隠さず早期に情報共有
– *決算書提出前の事前レビュー:決算確定前に税理士と金融機関担当者の三者面談の実施
(3) 【金融機関の視点による重要ポイント】
金融機関審査部は「後手の対応」より「先手の相談」を高く評価します。返済遅延が発生してからの相談よりも、発生前の事前相談は格段に印象が良く、支援姿勢も積極的になる傾向があります。
特に業績悪化時には四半期ごとの面談を自主的に申し入れることが効果的であるとされています。
3. 総合考察:融資審査合格のための戦略的アプローチ
3-1. 金融機関審査部の評価ロジックの本質
金融機関の融資審査における評価の本質は、通常、以下の3要素で構成されています。
(1)定量分析(財務評価):60%
– 収益性(営業利益率、ROA等)
– 安全性(自己資本比率、流動比率等)
– 成長性(売上・利益成長率)
– 返済能力(DSCR、債務償還年数)
(2) 定性分析(事業性評価):30%
– 経営者の資質・経験
– ビジネスモデルの持続可能性
– 市場ポジション・競争優位性
– 後継者問題・事業承継計画
(3) 取引関係評価:10%
– 過去の返済履歴
– メインバンク取引状況
– 情報開示の透明性・適時性
– 総合取引採算性
これら3要素のうち、「財務の健全性」と「返済履歴」が最低限のハードルとなっており、これらに問題がある場合、いかに事業性が高く評価されても融資承認は困難となる。
3-2. 赤字決算・返済遅延企業の融資獲得戦略
赤字決算または返済遅延の履歴がある企業が融資を獲得するためには、以下の「4C対策」が効果的である:
(1) Compensation(補完)戦略
財務上の弱点を他の強みで補完する
– 経営者の個人資産提供(担保・保証)
– グループ会社からの支援確約
– 業績回復の客観的根拠提示(受注残高増加等)
(2) Communication(対話)戦略
金融機関との情報共有を強化する
– 毎月の試算表・資金繰り表の定期提出
– 四半期ごとの経営状況報告会の実施
– 業績悪化要因と対策の事前説明
(3) Control(管理)戦略
経営改善に向けた内部管理体制強化をアピール
– 外部専門家(税理士・中小企業診断士等)の関与
– 管理会計システムの導入
– コスト削減・生産性向上施策の数値化
(4) Commitment(約束)戦略
経営者自身の責任ある行動を示す
– 役員報酬の削減
– 私財提供による資本増強
– 経費削減の率先垂範
(5) 【実践的融資戦略】
金融機関審査部の視点からは、「自己努力の証明」が最も重視される。特に以下の対策は審査評価を大きく改善する
1. 赤字決算企業の場合:「経営者による私財出捐(増資・DES)」
2. 返済遅延企業の場合:「返済原資確保のための資産売却・経費削減」
3. 両方の問題を抱える企業:「第三者による事業評価・経営改善計画策定」
3-3. 融資申込前の事前準備と審査通過のためのチェックリスト
(1) 融資申込前の自己診断項目
以下の項目について事前に自社評価を行い、対策を講じることが重要である:
– *財務健全性指標:DSCR、債務償還年数、自己資本比率
– *資金繰り状況**: 手元流動性、入金予定、支払予定
– *事業計画の実現可能性:売上・利益計画の根拠、市場環境
– *担保・保証の提供可能性:不動産、動産、個人保証
– *取引状況:メインバンク取引、信用保証協会利用状況
(2) 融資審査通過のための提出書類準備チェックリスト
審査通過率を高めるために以下の書類を準備する
①基本書類
– 決算書(過去3期分)と勘定科目明細
– 試算表(直近月まで)
– 資金繰り表(実績と今後12ヶ月計画)
– 金融機関取引状況表
– 商業登記簿謄本・定款
②審査評価向上書類
– 経営改善計画書(具体的数値目標と達成手段)
– 事業計画書(成長戦略と投資計画)
– 返済シミュレーション表
– 業界動向分析資料
– 主要取引先リスト(販売先・仕入先)
③補完書類(赤字決算・返済遅延がある場合)
– 赤字要因分析と改善策資料
– 月次試算表の改善推移グラフ
– 資産売却計画書(遊休資産等)
– 固定費削減計画と実績
– 借入金返済計画書(全行まとめ)
結論:融資審査の本質と長期的関係構築
本稿では、金融機関審査部の内部ロジックから見た「赤字決算」と「返済遅延」の評価プロセスと対策について詳述した。
これらの問題は、融資審査における最重要評価項目であり、これらが存在する場合には通常の審査基準よりも厳格な評価が行われる。
しかし、金融機関の審査部門は単に問題点を指摘するだけではなく、「事業の持続可能性」と「経営者の誠実性・実行力」を総合的に評価している。
特に重視されるのは、問題発生後の対応ではなく、問題を予測し事前に対策を講じる姿勢である。
金融機関との関係は単なる融資取引ではなく、企業の成長と存続のための長期的パートナーシップである。
財務上の問題が発生した際こそ、透明性のある情報開示と誠実なコミュニケーションが最も重要となることを強く認識されたい。
次回は「債務超過」と「粉飾決算の疑い」について解説する予定である。
—
執筆:金融機関融資担当
資金繰りが厳しく、資金調達の準備が必要、自社に合った融資制度を知りたい、
手続きが難しそうで進める自信がないなど
元銀行員が融資獲得まで
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- 資金繰りが厳しく、資金調達の準備をしなければ心配。
- 自分に合った融資制度を知りたい。
- 手続きはが難しそうで、自分ではなかなか進められない。
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- 手続きはが難しそうで、自分ではなかなか進められない。